天井

美術室

スピーカー
美術 みうらじゅん先生
美術 みうらじゅん先生

俺も純慶でこれからやっていきますね。 俺も純慶でこれからやっていきますね。

「仏師」と聞いて、大概の人が思い浮かべるのは運慶ですよね。そんなに有名なのに現在確認できる仏像が約30体という少なさは不思議とは思いませんか?運慶にはミステリアスな面白さがあるんです。

運慶のお父さんは、康慶こうけいという奈良の仏師でした。康慶から運慶、快慶かいけい湛慶たんけいとつながる系譜は「慶派」と呼ばれています。「運慶学園」はみんなで「慶派」を継ごうっていうことですよね(笑)。ここを卒業すると「慶」の字をもらえるということで。

俺も純慶でこれからやっていきますね。三浦純慶。

彫刻となると大変ですが、運慶仏は、描くことによってもそのすごさがわかります。運慶学園のみんなは、見るだけじゃなくて運慶を描いてほしいです。すごいリアリズムで、 すごいデフォルメ。無著は目の形が左右で違うし、首を斜め前に出している。仏像は基本的にシンメトリーに作られています。でも運慶は違う。わざとシンメトリーをはずすことで、人間っぽく見せているんだと思います。

無著像むじゃくぞうって肩幅広くないですか。すっごい肩が張っていて顔が小さい。こんな肩の人いないでしょ。変だと思うけれど、運慶はわざとやってますね。わざとやる「変」を「デフォルメ」と呼ぶ、これが慶派のルールだと思います。

慶派の時代に「玉眼ぎょくがん」が流行りましたよね。かつての仏像は半眼に描かれていました。仏像は木そのものという神仏習合の思想があったからでしょう。しかし運慶仏は木彫でどこまでできるか追求していた。青年期に作った円成寺の大日如来から、晩年にかけてリアリズムは激しさを増していきます。

運慶を天才というのは簡単です。天才が生まれるためには必要な条件があります。
快慶というライバルと切磋琢磨できたことは、運慶の作品にかなりの影響を与えていると思います。
ふたりはモーツアルトとサリエリのような関係だったんじゃないでしょうか?

兄弟子の快慶は師・康慶から優美さを、直系の金の卵、運慶は革新的なところを継ぎましたね。康慶は当時、奈良の田舎の仏師だったので、中央のはやりとは違っていたんでしょう。それが運命。平安末期、末法思想が広がって、パンキッシュさが求められていたという時代背景も、運慶を天才にした条件ではないでしょうか。

私のなかで、運慶は破天荒でギラギラしているイメージでした。ところが唯一残っている六波羅蜜寺の運慶坐像のお顔を見たら、とてもお優しそうな顔。息子の湛慶が作ったのできっと本人に似ているのでしょう。えらがはっていて、イラストレーターの南伸坊さんの顔を思い浮かべました。伸坊さんを鑑みるに、あの顔の形態にはユーモアもたっぷりあった仏師だったに違いありません。

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教壇

Our Classes運慶学園の授業

美術

全3回

みうらじゅん先生

サムネみうら

すごいぞ、運慶

『見仏記』でおなじみのみうらじゅんさんが縦横無尽に運慶について語る美術講座。

歴史

浅見 龍介先生

和田 彩花さん

サムネ 和田

鎌倉彫刻史と運慶

学園生徒・和田彩花さんが東京国立博物館研究員の浅見龍介氏に話を聞きます。

宗教

興福寺貫首

篠原 ともえさん

サムネ 篠原 貫首

僧侶・運慶

学園生徒・篠原ともえさんが多川俊映興福寺貫首に話を聞きます。

体育

石井 直方先生

サムネ 石井

天燈鬼・龍燈鬼の筋肉を科学する

運動生理学が専門の石井直方先生が、天燈鬼・龍燈鬼立像の筋肉について解説します。

運慶展公式サイトはこちら